翌日になるとまたしたくなり母を求めました[エッチ体験談]


母は事務職ではありませんが、公務員で当時40歳過ぎでした。
私のところは、母子家庭で狭いアパートに住んでいましたが、そのアパートに脱衣場はなく、台所で服を脱いでからお風呂に入っていました。
夏のころ、母は白っぽいパジャマかネグリジェを着ていました。どれも安物を擦り切れるほど着古していて、生地が薄くなり、そばにいると下着の縫い目や柄がわかるほどでした。
母の風呂上がりの裸姿は何度も見ていましたが、寝姿の方に欲情しました。

夏は、タオルもかけずに寝ていました。ネグリジェが捲れ上がり、脚はもちろんおなかまで見えることがありました。

ある夜、我慢できず、母の寝ているそばに忍び寄って、脚やお尻を触りました。母は一瞬目を開け、私の顔を見るとまた寝てしまいました。

夏休み中の翌日の昼間、悶々として夜になるのを待ちました。

夜になり、母が寝ると私も母の布団に行き一緒に寝たいと言いました。

母は「いいわよ。赤ちゃんになっちゃったの?」と言いながら横になった私の顔に乳房をあてがいました。

私は手を母の腰に回し、その感触を楽しみました。

最初は緊張していましたが、少し時間がたつと、得も言われぬ興奮で、ペニスがカチカチになりました。

そうなるとそれを自分で触るか、母の体に押し付けたくなります。
もぞもぞしていると、母がペニスをパンツの上から触ってきました。

母は「親子なのに、家が狭いからいけないんだね」と言っていました。

何とも言えぬ気持ちよさにしばらくされるままにしていると、私はパンツの中に射精してしまいました。それにはさすがに母も驚いていました。

母は私のパンツをずらし、中の状態を確認するとティッシュで始末してくれました。そして私に背を向け寝てしまいました。

幾晩かそんなことを続けていると、母からこれをつけなさいと、コンドームを渡されました。

私はコンドームをつけると、母は最後まで許してくれるかもしれないと思い、母の下着に手をかけました。

母は「ダメダメ」と私の手を押さえましたが、その言い方と押さえる母の手に力が入っていないことから、思い切ってそのまま母の下着をずり下げました。

母は「誰にも内緒よ」と言うと目を閉じました。

私は戸惑いましたが、前戯を十分しなければと思い、乳首を吸いわき腹や内腿を撫でました。しかし母の股間に唇を這わすのは抵抗がありました。

指を母の股間の割れ目に這わすと、指が濡れました。その指でクリトリスを触ると、母は息を荒げました。

私も我慢できず、少し乱暴に挿入しました。そこは濡れていて熱く感じました。しかし、緩い感じはしました。ほどなく私は果てました。

「なんだ、こんなものか」というのが正直な感想でした。今晩だけでやめようかとも思いました。

しかし、翌日になるとまたしたくなり、母を求めました。

何日かして、挿入しピストン運動をしている最中に、母が突然胸をのけぞらし、おなかを震わせました。そのとき初めて母がイクのを見ました。

その晩以降、母は激しく喘ぐようになりました。

私も、母の股間に唇を這わせ指を挿入し、母が喘ぐ姿を楽しみました。

私が大学に進み、私と同世代の彼女が入れ替わり何人かできましたが、どの女性も母の喘ぎの激しさにかなわず、どうしても物足りなく感じ、不満が残りました。

バイト先の年上のパートの女性も口説きましたが、こんなに簡単に体を許してくれるのかと思うほど短期間に体験しました。

やはり女性は子供を産んだ後の方がよいと思うようになりました。

私の妻も、子供を産むまでは物足りなさがありましたが、産んだ後はより激しくなりました。

母とは私が結婚するまで続きました。



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