小学生の頃からアナニーに興味があった [エッチな話まとめ]


今年の始め、郵便配達のバイトの給料を受け取って最初に俺が買ったのはディルドだった。

私はホモではないのだが、小学生の頃からアナニーに興味があった。

ろくに腸内洗浄もせず、指にカーチャンが料理の時に使ってるサラダ油を指にまぶしてケツの穴に突っ込むぐらい興味があった。

その時指が糞まみれになったのは言うまでもない。

だが皆も知っての通り、ただ指を突っ込むだけでは全く気持ちよくないのだ。

むしろ息子は意気消沈し、マスターベーションさえ捗らなくなるという異常事態。

この事でアナニーを断念した人も少なくないと思う。

小学生の時に試したサラダ油アナニーは気持ちよくなかった。

むしろ痛かった。

これが原因で6年ほどアナニーから離れるのだが、高校1年生の冬にある事件が起きた。
それは俺が

「男の娘」

というジャンルの画像を発見した事である。

“ただ女の絵に息子を書き足しただけじゃねーか”と思う人が圧倒的多数だろう。

私もそうだった。

しかし、私の息子は反応していた。

それどころか、アナルを犯されている男の娘を見て、封印されしアナニーを復活させたいという願望がケツの穴から沸々と湧き上がってきたのである。

いや、沸々どころではない、荒ぶる黄河のように、湧き上がってきたのだ。

私は居ても立っても居られなくなり、台所へ走った。

しかしその日はサラダ油が切れていたので、普通にマスターベーションをこなして寝た。

後日アナニーを実行しようと詳細を調べたのだが、なんとアナニーにはローションというものが必要らしい。

私はサラダ油ニーライフを送ってきた男なので、その時のカルチャーショックは計り知れないものがあった。

仕方ないので、男の娘が犯されている画像でマスターベーションをこなす事になったのだが、そこでディルドーの存在を知る。

賢者タイムになりつつもディルドーの入手方法をググッたのだが、ほとんどのサイトが銀行振り込みかクレジットカードにしか対応してなかった。

この条件だとクレカは確実に使用できない方法である。

クレカは当然親のを借りる事になるが、親に代金は払うと言ったとしても、何を買うか聞かない親などいない。

消去法でもう1つの方法になるわけだが、バイトもしていない高校生が銀行口座を持っているわけがなかった。

つまり私はバイトをする事を余儀なくされたのである。

3週間後、ここで冒頭に繋がる。

郵便配達のバイトをするために親に土下座して許可を貰い、作った銀行口座からエログッズ販売店に送金した。

この時の興奮は文章では伝える事ができないだろう。

何しろ送られてくるディルドの形状で抜いていたぐらいだ、現在の私でもよく分からない。

それから1週間後、ディルドが届いたその夜。

私は興奮が1周し、冷静の極みに達するほど興奮していた。

親が寝静まり、ウォシュレットで尻を浄化する。

過去の過ちを繰り返すほど私は馬鹿ではないのだ。

これから飲み込まれるであろう快感の波への期待で私の息子はたぎっていた。

そしてディルドを手に持ち、ケツの穴へと入れようとしたその時、重大なミスに気付いてしまう。

……ローション…。

しかしCOOLな俺は、すぐに打開案を脳内の俺に提出する。

そう、「サラダ油」だ。

脳内の俺とガッツポーズを取った後、すぐさま台所へとダッシュする。

今回はサラダ油が切れているというような事は無かった。

急いでサラダ油をディルドーに塗りたくり、ケツの穴へと入れる。

ここからっ………!

ここからが俺のっ…………!

アナニーロードっ…………!

“ゴツッ”

入らなかった。

当然である。

ろくに解してもいないケツの穴に常人サイズのディルドーが入るわけが無かった。

流石のCOOLな俺も、このような状況は予測できるはずが無い。

アナニーのやり方を検索し、ケツの穴を解す事から開始した。

解す事2時間余り、俺のケツの穴は既に4本の指を受け入れる事ができるようになっていた。

道のりは長かった、ただディルドーをケツの穴に入れてイクだけ………。

ただこれだけの動作にどれほどの時間を使ってきたのか………。

しかし、俺の胸にそのような後悔は無く、ただただ春風のような気持ちで溢れていた。

“ズボォ”

ディルドーが俺のケツの穴に入っていく。

これが………俺の………アナニーロードのスタート地点ッ!

俺の指4本を受け入れるケツの穴がディルドーに負けるはずが無かった。

だが、気持ち良くない。

感じる事ができるのは、ゴリゴリとケツの穴を擦られる感触だけである。

俺はディルドーを床に固定し、躍起になって腰を振った。

振り続けたのだ。

ディルドーをケツの穴に入れてから時計の長針が2周していた。

だがしかし、まだ気持ちよくはならなかった。

汗を滝のように流しただけである。

ここまで来るのに掛けた時間を考慮すると、この場所(ところ)で諦めるわけにはいかない。

それから俺はほぼ毎日2時間、ディルドでアナニーをしていた。

親の仇であるかのように、腰を振り続けていた。

ここから人生が変わり始める。

まず身長175cmで体重85kgという、小太り体系だった俺の体が、確実に変化していった。

それも当然。

3ヶ月以上、毎日2時間ディルドアナニーをしているのだ。

痩せないわけがない!

痩せていくと皮下脂肪が少なくなり、腹筋が割れる。

今まで腹筋というものに縁が無かった。

腹筋が割れるとこの肉体を昇華させたいという気持ちも芽生え始め、夏頃には毎日2時間のアナニーに加え、筋トレ、ランニングをこなすようになっていた。

スクワットに近い床上固定式ディルドアナニーは確実に俺の大腿筋を強化してくれていた。

ケツの穴に棒を突っ込んだ状態でスクワットをする状態を想像して欲しい。

これを2時間である。

並の運動部では5ストロークもままならないであろう。

私には体力を凌駕するアナニーへの探究心があった。

そしてある時、私のアナニーへの探究心に体力が追いついたのである。

アナニーで鍛えた大腿筋が唸りを上げ、スポーツテストではシャトルランで陸上部を下し、100m走では11秒後半台。

体育祭でのリレーではアンカーを務め、優勝。

体育祭が終わって何週間かした後、リレーを見ていてくれた女子に告白される等………俺の人生は変わった。

アナニーはキモオタネクラニートで終わるはずだった俺の人生を変えてくれた。

本当に感謝している。

体力の限界を感じる年齢になったら感謝のアナニーストローク1万回をしようと思っている。

1ストロークし、祈り、また1ストローク。

これを1万回だ。

未だにドライには達していないのだが楽しみである。



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